遅いのに技が一切見えなかった空手の偉い師範の話
5歳から20歳ぐらいまで色々武術をしていた。
その中で色々凄い人に会ってきたが、今回はいちばん凄かった空手の師範の話をしようと思う。
5歳から高校卒業まで空手をしていた。
伝統派空手の和道会だ。
比較的小さな分派のようだが、その中でも最重鎮みたいなおじいさんがいた。
80を超えているお年寄りだ。
身の丈は加齢もあるが150センチには達しておらず、見た目もガリガリ。
愛車の軽トラにその師範が座ると首から先だけが出ている状態。
エロくない亀仙人、刃牙の郭海皇みたいな見た目の人である。
この人は「もう歳だから若い人に全部教える」というのが口癖で、何でもかんでも「これが奥義だ!」といって教えてくれた。
そんなに軽々しく教えていいのかと当時の自分は少々疑問に思っていた。
この方は偉い、そして達人だ。
1番凄いのを体験したのが足刀蹴りだ。
これは足の外側の縁、サッカーで言うところのアウトサイドキックの部分で相手に蹴りを入れるというもの。いわゆる横蹴りの一種である。
相手が突っ込んで来るところのカウンターとして使うもの。
足刀をみぞおちに入れると相手の動きが一瞬止まり、その間に反撃を入れるという後の先を地で行く技だ。
これは約束組手の中で練習するのだが、師範はみっちりとやり方を教えてくれた。
とはいえ師範の足刀蹴りは横から見ている分にははっきりいってかなり遅い。
速度だけなら緑帯程度の小学生の方が速いレベルだ。
普通なら片手で止められるだろう。
しかし、師範の前に立ち、その蹴りを受けてみるとすごかった。
遅いのに技が一切見えないのだ。
この技が来ることが既に分かっているにも関わらず、当たるまで、身体に衝撃が来るまで、技が見えないのだ。
一般的に「攻撃が速すぎて見えない」とか「攻撃が速すぎてガードが間に合わない」とかは強い人と戦うと体験するものである。
しかしながら自分が食らったのはそれらとは次元が異なった。
「すごく遅いのに見えない」というものであった。
思うに、その師範は攻撃をするまでの予備動作がゼロなのだろう。
鍛錬していれば相手のどんなに小さな動きでも気付く。例えば重心が動く、肩が数ミリ下がる程度でも。
この予備動作を相手が知覚するよりも速く攻撃を食らわせるのが一般的な格闘技のテクニック、いわゆる「速い」というものである。
しかし、この師範は一切の予備動作がない。
このため、相手は攻撃に気付かないのだ。
食らう側は技を掛けられている、当たっていることすら気付かない。
それが横から見ている分には小学生並みの速度であっても自分が身体に衝撃が来るまで技を出されていることすら分からなかった。
今まで凄い先生はたくさんいたが、この師範の域まで達した人はいない。
まさに達人と呼ぶのにふさわしい方だろう。